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国内採種の復活を目指したい
――光郷城 畑懐 中村 訓さんに聞く――

 

野菜の種子や苗を販売する「光郷城 畑懐(こうごうせい はふう)」の代表・中村訓さん。30年前から在来種・固定種を中心に扱ってきました。日本全国で採種する農業者や種屋が減っているなか、今年1月に「日本採種組合」を立ち上げ、国内採種の復活を目指す中村さんにお話を伺いました。
(この記事は2026年3月2日に行なわれたインタビューをもとに編集したものです。一部を日本の種子(たね)を守る会会報「種子まき通信」10号で掲載しています)

種子(たね)をつなぐ    

2026年5月1日 公開予定

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中村さん タネ屋であると同時に自身でタネ採りも

みんな同じトマトばかりだった

――中村さんは、30年前に静岡県浜松市にある浜名農園を継がれたそうですね。

中村  私で三代目になるのですが、うちのおじいさんが菊の苗づくりをしていて、花卉農家などに販売するところから商売が始まったんです。僕の代になってから「芽ぶき屋」という名前で固定種や在来種などを中心に種苗を販売し始めて、2005年に店名を 「光郷城 畑懐(こうごうせい はふう)」としました。店舗での販売のほか、イベント販売や全国への通信販売もしています。

――固定種や在来種を中心に扱うようになったきっかけは何だったのでしょうか?

中村 もともと有機農産物を販売する会社で働いていたんですよ。そうしたら、入ってくる野菜の品種がみんな同じようなものだった。たとえば大根は青首ばかりだし、トマトは桃太郎トマトが全盛期。有機栽培の野菜を扱う八百屋でも、慣行栽培の野菜を扱うスーパーでも、みんな桃太郎トマトだったんです。

 「あれ、子どもの頃は、もっといろいろ種類があったよな?」と思って昔の品種の野菜をかき集めてみたら、そっちのほうが断然うまくて、「こんなに変わってたんだ」ってびっくりした。ちょうど自分の家族もでき始めた頃だったので、家族で食べるんだったら昔の品種のほうがいいよなって。

 浜松に戻って家業を継いだとき、自分がやるなら固定種、在来種の種子を中心に売ろうと思って、家庭菜園をやるお客さんにおすすめし始めたんです。味がいいし、自分で種子とりもできるし、楽しいでしょう?

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――年2回出されている「光郷城 畑懐」の種苗カタログは、イラストや野菜の名前がすべて手描きで、すごく素敵ですよね。

中村 ありがとうございます。カタログは私とカミさんで作っていて、30年前からあんな感じです。

 やっぱり紙の媒体だと手にとれるし、伝わり方が全然違う。

文字のなかに含まれているものを伝えたいという気持ちがあるので、うちのスタイルとしてずっとやっています。

二○二六年 春号のカタログ

​楽しみに待っているファンも多い

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国内で採種する農家がどんどん減っている

――固定種、在来種の種子はどうやって集めているのですか?

中村 全国の種屋さんから仕入れています。各地の種屋さんが、その地域の農家さんに採種を依頼しているんです。自分で種とりをするものも一部ありますよ。扱っているのは大体250種くらい。まずは自分たちが家庭菜園で作って食べたいものを基本に、ひと通りの野菜と、米や麦、そばなどの種子も扱っています。

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――250種類はすごいですね。国産の割合はどれくらいでしょうか?

中村 6~7割ほどが国産です。国内で種子とりをしてくれる農家さんはどんどん減っていて、去年までは売っていたのに、今年はもう手に入らないという種子が年々増えています。もともと採種だけでは経営は成り立たないから、普通の農業をやりながら採種もしているという人が多いんじゃないでしょうか。

 大手の種苗会社では、海外に委託して育種・採種しているものが非常に多い。海外に委託する一番の理由はコストだと思います。うちが、国産をなるべく中心に扱いたいと思っているのは、やっぱり国内で自給できるという安心感があるから。それに、日本で育てるのなら、日本で採種したもののほうが合うと思うんですよ。

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――30年前に始めたときは、お客さんの反応はどうでしたか?

中村 いまみたいにSNSもないし、固定種と言っても誰も知らない。「野菜には在来種とか固定種っていうのがあるのをご存知ですか」「え、それ何?」というところから始まって、実際に食べ比べてもらうなどしながら、とにかく説明していました。

 イベントに出店するときには、小さなプランターに固定種の小松菜とF1種の小松菜をベビーリーフぐらいに育てて持っていき、お客さんに抜いて食べてもらうんですよ。「どっちがスーパーで売っていたらいいですか?」と聞くと、みんな固定種の野菜のほうがおいしいって言う。「だよね!」って(笑)。

 

――当時と比べると、固定種や在来種への関心は高まっていますよね。

中村 メディアでも取り上げられるようになりましたからね。もう20年近く毎年参加しているイベントがあるのですが、「あ、知ってる。これ、なんかいいんだよね」と言ってくれる人が年々増えて、それに伴って種子の売り上げも増えています。

 うちのお客さんは家庭菜園をやっている人がほとんど。自分の食べるものを1種類でもいいから育ててみると楽しいし、暮らしの豊かさが変わる。どんどんやってほしい。そして、農家は農家で「これぞプロ!」っていう野菜をつくってほしい。そうなっていったらいいなと思います。

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今年1月、日本採種組合がスタート

――いま全国の種屋さんの状況はどうでしょうか?

中村 全国にある種苗の小売店はあとを継ぐ人がいなくて、僕くらいの年齢が最後の代みたいなところが多いです。理由は、農業をする人がどんどん減っているから。種苗を買う人がいないので、種屋もそんなに要らない。それが日本の農業の現状です。

 一次産業は労働と対価が見合ってなくて、いちばん割を食っている産業ですよ。僕らはいままで農家さんの良心に甘えてきたようなもので、それじゃ回らないところまで来ている。みんながそれぞれの立場から、食べものを作るという行為の現場に参画しないといけないと思っています。

――数年前、中村さんは採種農家さんが問屋さんに卸す価格を知って、その安さに驚かれたそうですね。

中村 コロナ前ぐらいだったかな。その価格を聞いたときに「そんな安かったの?」と思って、いたたまれなくなったんですよね。種屋として、その価格によって自分の生活を成り立たせて、子どもも育ててきたわけだから。これを何とかしない限り、ちょっと気持ちよく死ねそうもないなと思った。

 だからといって、うちの店が超裕福なわけじゃないから、僕ひとりでどうこう出来ることじゃない。ちゃんとみんなの生活を成り立たせられるように、システムを変えないといけない。それには三世代くらいの時間がかかるかもしれないけれど、その手前の活動として、今年1月に立ち上げたのが日本採種組合です。

――日本採種組合には、どういう方が参加しているのでしょうか。

中村 自家採種している農業者と種屋など、10名ちょっとでスタートしたばかりです。これから話し合いを重ねて活動の骨子がある程度決まったら、会員を募集するような形をとるかもしれません。

種子から、もう一度生活を見直そう

――3年前に、岡山で瀬戸内採種組合も立ち上げていらっしゃいます。

中村 瀬戸内採種組合のメンバーは、うちのお客さんだったんです。販売店と農業者が一緒になって組合をつくり、商品を作って販売しています。みんなで同じテーブルについて、たとえば「この種子が200袋売れたとして、売り上げをどう分配すればお互いにまわるだろうか」という話し合いから始めて一緒にやっているんですよ。その進化形として日本採種組合ができました。

 農家も種屋も食べる人も、みんながいて初めて成り立つわけだから、どこかだけにしわ寄せが来てはダメじゃないですか。経済ってつまりは、うちらの生活のことですよね。世界には全部を独り占めしようとするジャイアンが多いけど、うちらの価値観はそうじゃないので、これからはみんなで考えて一緒に進んでいきましょうよ、と組合を立ち上げたんです。

――本当にみんなで考えていかないといけない問題だと思います。

中村 日本採種組合が目的にしているのは国内採種の復活で、そのためには採種してくれる農業者が経済的に回るようになることが大事。それには、採種した種子を家庭農園で栽培してくれる人、プロの農家として栽培してくれる人も増やさないといけない。また、収穫した野菜を販売する人や食べる人も増やさないといけません。

 個人的には、採種してくれる農業者の仲間を増やして、横のネットワークをつくり、採種や保存の技術の勉強会などもしていきたいと思っています。技術がどんどん失われつつあって、次の世代に残せるかどうか、いまがギリギリのタイミングです。

 

――壮大な計画ですね!

中村 壮大ですよ。だから、肩ひじ張らずにみんなで笑いながらやっています。自分たちの生活について意識から丸ごと変えていかないと。すぐに実現できるものではないと思っています。でも、ここまで農業が潰されているなかで、種子に関心を持つ人は増えているので、「根本の種子からもう一度、自分たちの生活に本当に大切なものを再認識していこう」と言いやすい。

 この取り組みの芽がいつ出るのかわからないけど、それでいいんですよ。在来種、固定種を扱い始めたときもそうだったから。方向性さえ間違ってなければ、いつか必ず芽が出ます。

​(聞き手:日本の種子(たね)を守る会 事務局 杉山敦子 //編集協力:中村未絵)

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(プロフィール)
中村訓(なかむら・さとる)

光郷城 畑懐(有限会社浜名農園)代表。1968年生まれ。静岡県浜松市出身。東京農業大学卒業後、有機農産物の販売に従事。もっといろいろな種類のおいしい野菜があったはずと、在来種、固定種を探し始める。1997年種苗業の三代目を継ぎ、在来種、固定種の種子や苗の通信販売を開始。2005年に店名を「芽ぶき屋」から「光郷城 畑懐(こうごうせい はふう)」に。2023年、瀬戸内採種組合の創設に関わり、2026年1月に日本採種組合を立ち上げる。

光郷城 畑懐ウェブサイト https://kougousei-hafuu.jimdofree.com/

日本の種子(たね)を守る会

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