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黄色レンズ豆

 <参考資料>「基本法に種子(タネ)の権利と責務の明記を」 久保田裕子 
 


パブコメの過半が種子関係

 食料・農業・農村基本法の見直しに向け設置された「食料・農業・農村審議会・基本法検証部会」は2023年5月29日第16回検討部会で「中間取りまとめ」を行い、それに対して専用ウェブサイトを通じて「国民からの意見・要望」を募集した(6月23日から7月22日まで)。その結果は、9月11日の「食料・農業・農村政策審議会(第42回)、食料・農業・農村政策審議会基本法検証部会(第17回)合同会議」で報告された。

 それによると、応募総数は1,179件。その報告資料(全130ページ)では、応募された意見・要望を分類内訳ごとにそれぞれ北から南への順番で「誤字を含め、原文のまま(個人名等を除く)掲載して」いる。そして、最初のページでは各分類内訳ごとの件数のほか、「多く寄せられた意見・要望のキーワード」として次が挙げられた。

・種子関係       540件

・肥料関係       107件

・食料自給率関係107件

・生物多様性関係106件

・価格関係      105件

・有機農業関係   99件 

 これをみると、「種子関係」が総数1,179件のほぼ半数を占め、突出している。その意見を「原文のまま」みることができるが、その多くは、種子の国内自給の拡大を求めるもので、食料安全保障や食料自給率とのからみでの意見が多くみられた。

 このような国民の種子への関心の高まりは、振り返ってみると、この7、8年に起きたものである。具体的には、2017年の主要農作物種子法の廃止、2020年に成立した種苗法一部改正、そのほか生物多様性、有機農業をめぐる議論のなかで、種子をめぐる農政のあり方が農業関係者だけでなく、広く食料を享受する消費者にも及ぶことに多くの人々が気づいた結果であろう。

 種子をめぐるこうした社会情勢の変化は国内内部にとどまらない。具体的には、「農民と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言」(2018年)が代表出来なもので、背景には、「食への権利」(FAO、2004年)、「食料主権」(食料主権国際フォーラム、マリ・ニエレニ、2007年)をはじめ、多方面における議論や状況変化がある。基本法の見直しに際して、今や諸問題の要である「種子」を避けて通れないはずである。

 だが、このような種子についての国民の意見・要望に対し、9月11日の合同会議での事務局(農林水産省)の説明は、次のように、あっさりと退けるものであった。

 「稲、麦、大豆等の種子はほぼ国産」、「野菜の種子は輸入割合が9割と高いが、日本の種苗会社が日本の市場向けに海外で生産しているものであり、リスク分散の観点から複数国で生産し、約1年分を国内で備蓄している」、したがって「概して種子・種苗に関するリスクは大きいわけではない」(配付資料2、p.12)

 今回の基本法見直しは、内外の情勢変化に対応するためのものではなかったか。

 食料安全保障は見直しの大きな論点であり、食料供給の前提となる農業生産にとって種子は不可欠である。種子は生きている作物のタネであり、単なる「農業資材」の一つではないはずだ。

 基本法改正においては、種子の知的財産権の保護・活用を重視する偏った議論とのバランスをとるべきであり、農民が本来有する種子の自家採種の権利を掲げ、それによる作物文化の多様性の伝承への貢献などを尊重するという理念を掲げ、国はそれへ向けた施策を行う責務があることを明記すべきであると考える。 

 

生命ある種子の正当な位置づけを

 種子(たね)は、生命あるものであり、農業の根本にある。農家の種子採りは農業の要(かなめ)にあり、タネ播きが作物栽培の起点だとすると、自家採種による種子採りは終点、その種子は次期作の起点へとつながる。四季のある日本列島では、穀物や野菜類などの作物栽培は四季のめぐりと共に進み、種子採りが推進力となって毎年循環している。こうした種子を要とした農の営みは、「当たり前」なので、これまでことさら農民の権利、種子の権利として認識されたり、政治的主張がなされることは少なかった。

 だが、記憶に新しい2020年の種苗法改定で、「育成者権の効力が及ばない範囲」とされてきた「農業者の自家増殖」規定が廃止されたことで、法的関係は一変した。それまで登録品種か否かにかかわらず、当たり前に行ってきていた種子採りに「待った」がかけられ、いちいち登録品種であるかどうか、許諾手続きが必要かどうかなどを調べなければならなくなった。

 許諾が必要となるのは登録品種だけであり、施行後は農研機構は稲(コメ)、麦、大豆等の多くを「許諾不要・無償」という扱いにしたので当面の影響は少ないと言われているが、原則が転換したことの意味は大きい。

 日本の種苗法は、内容は新品種の育成者権の保護を目的とする法律であり、いわば種苗育成者権保護法である。農業の要にある種子を生きたものと捉え、農業上の位置づけや農業者の種子採りの基本的な権利等を理念に掲げる、本来あるべき「種苗基本法」とでもいうべきものではないのである。この間の種苗育成者権をめぐる議論をみると、知的財産権と捉えて過剰なまでの保護に傾いている。法的関係が変わった今の時点で、本来、基本的人権の農業者側面ともいえる自家増殖など種子に関する農業者の権利を基本法に明記し、傾いたバランスを取り戻しておくべきである。

 種子関連の条約では、もっぱら「植物遺伝資源」という種子をすぐに想像できない用語が使われている。関係する条約をみても、農業者の種子に関する権利では、新品種の育成等から生じた経済的利益の衡平な配分という経済の文脈で記述されている。だが、食料・農業・農村基本法では、やはり、人々と同じ地上に生きる生命ある生きものとしての「種子」の扱いが望ましい。そして、食料安全保障の下位の位置づけではなく、「種子」すなわち「品種」としての側面からも捉えて、「タネは生きた文化財」という食と農の文化、生物多様性の保全・創造の観点等を総合した施策を国、地方公共団体の責務とすべきであろう。

 生物多様性の問題の中でも作物(栽培植物)の種子(品種)の多様性は、それぞれの地域の農と食の文化と強く結びついて「生きた文化財」として継承されてきた。だが、そうした在来品種、地方品種の多様性は今、急速に失われようとしている。在来の多様な品種の保全を含め、地域で地域の種子(たね、品種)を守り継承するしくみをつくり支援する施策が急務である。 

 

ゲノム編集技術等の真の持続可能性に疑問

 基本法見直しでは、食料安全保障が前面に出され、小規模農業や条件不利地の農家を再評価し「多様な担い手」として正当に位置づけていく方向性やSDGsの達成にも貢献するとした有機農業の取組拡大の影が薄くなっている。有機農業の拡大については「みどりの食料システム戦略」(2021年)で2050年には全農地面積の25パーセント達成が目標値に掲げられたが、同戦略はサブタイトル「食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現」にみるように科学技術推進・スマート農業推進の色彩が強い。

 種子(品種)との関連をみると、バイオテクノロジーの「遺伝子操作」(組換えDNA技術、ゲノム編集技術等)による〝品種改良〟が目立つ。植物ではすでに、ゲノム編集の「高GABAトマト」が規制なし(安全性・健康影響審査なし、環境影響評価審査なし、表示の義務付けなし)で、文字通り野放し状態で販売されている。

 ゲノム編集による新品種は、自然界ではとうてい起きることのない遺伝子の改変を人為的に施したいわば新生物である。食品安全の観点からも検証されていない。地球の生態系を守り真に環境と調和する持続可能な農業の方向とは相容れない。

 ゲノム編集品種を表示義務付けや安全性審査等の規制なしでよしとする理由や説明も、とうてい納得できるものではない。

 第一に、育成の過程でゲノム編集技術を使用したかどうかの「プロセスベース」ではなく、結果として得られた最終産品だけを見る「プロダクトベース」の立場をとっているからだ。そのため、ゲノム編集技術により遺伝子の一部に欠損が起き、オフターゲットによる欠失が生じた経過(プロセス)が不透明になる。表示義務付けもないので、トレーサビリティも機能しない。

 第二に、ゲノム編集で起きる遺伝子の改変は、「自然界で起こる遺伝子変異が自然界で修復される時にエラーとなって起きる変異(突然変異)と同じ」とする見解も納得できない。この説明にはさらに、「従来の品種改良と同じ」であると続くが、その中に「放射線育種」を含めていることも大きな問題だ。

 「放射線育種」は放射線を種子・作物体に照射して突然変異を人為的に誘発させ、農業に有用な形質が顕れたものを選抜して新品種をつくる育種法だが、そこで生じる「人為突然変異」と、自然界に存在する放射性物質や放射線により生じる「自然突然変異」は、「質的に異なる」と指摘されている(鵜飼保雄『植物が語る放射線の表と裏』)。放射線育種では、自然界では長い年月により淘汰されて顕在化しないいわゆる劣性(潜性)の形質が出てくるという。

 放射線育種ではガンマ線利用が2022年度までで廃止された現在、加速器で人工的につくりだすイオンビームが使われている。これは、遺伝子DNAの二本鎖を一挙に損傷させるほど強力で集中的に遺伝子改変を生じさせる。その遺伝子の一部欠失は生物自体により修復されるが、そのことが人為的に誘発された突然変異ということになる。一方、ゲノム編集技術(SDN-1)では、遺伝子DNAの配列(ゲノム)に人工的につくったCriRISPER/CAS9を使って遺伝子の一部を欠損させる。その一部欠損は生物自体によって修復され、それにより別の遺伝子配列をもつ生物(新品種)ができる。放射線(イオンビーム)育種とゲノム編集技術は類似している。

 だが、結果として得られた最終産物「プロダクト」だけをみて、遺伝子レベルの変異は外部から挿入したものではないということだけで、ゲノム編集技術(SDN-1)は、従来の「放射線育種」や「自然界で起きる突然変異と同じ」として安全性確認も不必要とする考え方は、あまりにも一面的な捉え方と言わざるをえない。

 基本法見直しは、これからの20年先を見通すものという。農も食も100年先、1000年先の永続性を考えなければならない。種子(品種)の品種改良は、自然の摂理を逸脱する放射線育種やゲノム編集、遺伝子組換えや新育種技術による遺伝子改変は厳しく制限されるべきである。

 

​​*くぼた・ひろこ さん 元国学院大学経済学部教授

『週刊農林(農林出版社)』2023年11月25日、12月5日、12月15日に、(1)~(3)として掲載した記事原稿に加筆(2024年3月4日)した内容を掲載させていただきました。       

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