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​種子(たね)をつなぐ人々 2025年4月1日 公開  

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種子を守ることは、命を守ること
――種子農家・菊地富夫さんに聞く――

 

食料品の価格高騰が続き、昨年は「令和のコメ騒動」まで起きるなか、食料を安定的に自給する必要性がますます高まっています。

しかし、コメや野菜の「種子」にまで関心を向けている人はどれほどいるでしょうか。「種子を守ることは、国民の命を守ることと同じ」と話すのは、種子農家の菊地富夫さん。種子法廃止違憲確認訴訟の原告にもなった菊地さんにお話を伺いました。
※この記事は2025年1月21日に行われたインタビューをもとに編集したものです。一部を日本の種子(たね)を守る会会報「種子まき通信」8号で掲載しています

親子3代、営んできた「種子農家」
――菊地さんは、山形県西置賜郡白鷹町で種子農家を営んでいらっしゃいます。種子農家になったのはいつ頃だったのでしょうか。

菊地  うちは父親の代だった65年前に山形県から採種ほ場として指定され、私が継いだのは48年ほど前です。白鷹町

は主要農作物種子法(以下、種子法)ができたときに真っ先に種子生産組合を作った地域。いまは息子がいっしょにやっています。

――品種は何をつくっていらっしゃるんですか。
菊地   山形県産ブランド米の「はえぬき」と「つや姫」の種子(種もみ)を生産しています。産米改良協会というとこ

ろから種子生産組合に、「この品種を、このくらいの量生産してください」という依頼があって、それを組合員で手分けしてつくるという流れです。

――2018年4月の種子法廃止後、日本の種子(たね)を守る会では種子条例制定を求める運動を全国で進めてきましたが、山形県では早くに種子条例が制定されましたね。

菊地 種子条例ができたおかげで、いまのところ大きな変化はありません。ただ、条例は法律とは違うので、いつどう

なるかわからないという不安はあります。

――種子農家について知らない人も多いと思うのですが、コメの原々種、原種を県が生産し、県から指定された菊地さんのような種子農家が原種から種子(種もみ)を栽培、その厳しい審査を通った種子でコメ農家が消費者の食べるコメを作っています。種子法のもと、こうした仕組みによって優良な種子が安定供給されてきました。

菊地 私が父から言われたのは、種もみはコメ農家のもとで約500倍の収穫になるのだから、もしも種もみに問題があったら500倍の補償をしなくてはいけないんだぞ、ということです。それだけ種子農家の責任は大きい。「万が一」が起きないように、普通のコメづくりよりもほ場のこまめな手入れが必要ですし、丁寧に田んぼを見回って異株を取り除きます。もし検査で何か問題が見つかれば、その田んぼ一枚全部がだめになりますから。

田んぼの見回りをする菊地さんと息子さん

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「国は農業をないがしろにしている」
――菊地さんは種子法廃止違憲確認訴訟(※1)の原告でもあります。この訴訟では、種子法廃止によって食料の安定供給が脅かされ、憲法上保障されるべき「食料への権利」が侵害されていると国に訴えてきました。

菊地  原告になった理由のひとつには、「この国は農業をないがしろにしているのでは」という思いがありました。裁

判では、種子農家である私のほか、一般消費者、一般農家の3人が原告になったのですが、「確認の利益」(※2)があると認められたのは私だけでした。

――菊地さんは、種子法廃止によって父親の代からほ場指定されてきた地位を喪失したことから、裁判で〈現実かつ具体的な危険または不安が認められる〉と認められたのですね。
菊地 でも、本当のところ「私のことはどうでもいい」と思っているんですよ。種子農家の地位うんぬんよりも、種子法がなくなったことで食料安全保障が失われる可能性のほうが重要です。命を支える食料を国民に安定的に供給することは、国の役割。種子を守ることは、国民の命を守ることと同じです。
 今回の裁判を通じて、あらためて種子について考えるところがあったのですが、食べものの基本である種子は本来、誰の所有でもない自然のものですよね。だから、一般の企業が儲けの対象にするべきではないと思う。それはつまり、市場の需要と供給のバランスに任せてはいけないということです。需要と供給のバランスに任せてしまうと、足りないときには価格が高騰するし、余ったときは安価になる。でも、冷害とか不作のときにこそ、国民の命を守る種子をしっかり確保できるシステムがあることが大事なのです。それは津波や地震といった災害のときに、国が避難できる場所や食料を確保するのと同じだと思っています。

 そういう思想は、江戸時代の昔からあったはずなんです。それを国がやらないというのは、国民の命をないがしろにしているのと同じで、基本的人権の侵害につながる。そういう理屈が私の中では成り立っているのだけど、そうじゃないんだね、今の社会は。
 

――そういう意味でも、裁判で一般消費者や一般農家の「確認の利益」が認められなかったのは残念でした。
菊地 そうですね。種子法のもと、東北6県あるいは北陸まで含めて、どこかの県、たとえば岩手・宮城県が冷害のときは山形・秋田県が種子を提供する、あるいは新潟・富山県や北陸がやられたときは、東北が種子を提供するといったやりとりを、ずっと県レベルでしてきていました。そうやって、どんな年でも種子が提供されることで、一般農家はコメを作ることができ、コメを食べる一般消費者の人たちの命が保障されてきたのです。

種子は誰のものでもない「みんなの財産」
――国は民間の参入を阻害するとして種子法を廃止しましたが、利益を上げなくてはいけない企業が、種子農家がやってきた役割を同じように担えると思いますか。
菊地 結局、「みつひかり」の不正事件みたいなこと(※2)が起きてきちゃうんでしょう。種子をつくるのって、やっぱり大変なんですよ。種子農家にとって大事なのは、冷害とか不作の年であっても種子をきちんと提供できることで、それが誇りでもある。でも、極端なことを言えば、企業の場合はあえて種子が不足する状況にして価格を上げたほうが利益になるということも起きかねない。

 本来、種子は誰のものでもない自然のもの。「みんなの財産」である種子は、医療や教育などと同じで一部企業の儲けの対象にしてはいけないものだと思っています。

――当会の会報8号では、「『種子の自給』なくして、『食料の自給』なし」をテーマに掲げています。昨年、食料・農業・農村基本法が改定になりましたが、「種子」に関する言及はありません。当会では、一昨年から「種子の自給」について基本法に入れるように要請していたのですが、残念ながら実現に至りませんでした。
菊地 いま野菜の種子は9割以上が輸入で、畜産も飼料の7割以上を輸入に頼っている状況です。ウクライナ侵攻、ガザの問題、トランプ政権の誕生など、ここ数年の世界情勢の変化を見ていても、安定的な種子の確保がますます重要になっている。国内である程度ちゃんと確保しておくというのは小学生でもわかるような話で、国は農政の「一丁目一番地」として種子の自給と安定生産を守るべきだと思います。

コメは本当に「高い」のか?
――昨年は「令和のコメ騒動」と呼ばれるコメ不足が起きて、コメの価格があがり大きな話題となりました。
菊地 コメが高くなった、高くなったと言われるけれども、コメ農家の生産価格でいえば、なんとか食べていけるかどうかの値段になったくらい。いまの価格ではコメが買えない、生活ができないという人たちがいるのであれば、国はそうした人たちのために別の施策を考える必要があるのではないでしょうか。
 逆に私が心配しているのは、「こんなにコメが高くて大変だ」というのを口実にして、輸入米を増やすのではないかということです。それで今度は大暴落なんてことになったら、もう農家はやっていけません。

​予想される農業人口

財務省農業人口予想.PNG

財務省:2021年農林水産に関するデータより

――そもそも農業の担い手は、高齢化や後継者不足が深刻ですよね。

菊地 後継者がいるかどうかは、それで食べていけるかどうかということなんですよ。食べていける職業には人が集まる。酪農だって、一時期は後継者がたくさんいたんですよ。でも、国の方針にのっとって大規模化していった結果、いま多くが廃業せざるを得ないような状況になっています。 

 ちゃんと食べて、子育てして、楽しく生きていけるくらいの所得があれば、後継者は集まります。人の命にかかわる仕事だからと誇りをもって農家をやっていても、食べていけないのなら自分の子どもに継がせる気にはなれない。子どもだって継ぎません。結局、農業で食べていけないから、後継者不足になり、高齢者が離農しているのです。

「強いものが儲ける」仕組みでいいのか

――種子法廃止のあと、種苗法も改定されました。こうした農業をめぐる政策の動きについて、どのように感じていますか?菊地 種子法廃止にしても種苗法改定にしても、簡単に言えば、強いものがより儲けられるような仕組みになっていっているのだと感じます。規模についてもそうで、いまの農業政策では規模を拡大していかないと助成が受けられず、小

さくてもちゃんとやりたいという人が農業を続けることが難しくなっています。

 いま白鷹の種子組合には二十数名の組合員がいますが、この二十数名分の仕事が地域にあり、若い人たちの就職先として存在していることに意味があるんです。大規模化して限られた人だけが大儲けしたって、地域にとっては意味がない。大手企業がきて大規模農地を手掛けて失敗したら、一気にそこは荒地になります。でも、みんなでやっていれば、何かあったときも地域で助け合えますよね。

真摯に答えてくださる菊地さん

――それが本当の「豊かさ」ですよね。命を支える食がただの「商品」のように扱われて、効率化ばかりが評価されることには危機感を覚えます。
菊地 経済的な豊かさと、気持ちの豊かさがあると思うけど、経済的な豊かさには終わりがないんですよね。1976年くらいに私が百姓を始めたときは、うちの農地は1ヘクタールでした。そのときは「3ヘクタールあれば、なんとか食べていける」と言われていたんです。でも、3ヘクタールになったら、次は5ヘクタール、10ヘクタールと、「もっともっと」で増えていく。
 さっきも言ったような国の政策によって、農家は無理をしても規模拡大を目指さないといけない状況になっています。でも本当は、「みんなで、この地域で生きていくには、どのくらいの規模が適正か」ということを見極めていくことが必要だと思います。それに、規模を拡大すればするほどケミカルなものに頼らないと生産はできません。
 私は牛を40頭飼っているいるけど、うちでは飼料の自給率は5割弱。これを10割にする方法が2つあって、エサ米をいまの3倍作るか、牛の数を半分にする、です。牛の数を減らせば、たい肥も減るので、田んぼも減る。減るかわりに、化学肥料はほとんど使わないでつくれます。そういう小さいけど循環型できちんとつくりたい農家の人たちを国がちゃんと保障すれば、やりたい人はいると思う。農村の過疎化も防げるし、ケミカルに頼らないで済むし、畜産を含めて自給率をもっと高めることもできるのではないでしょうか。

――スイスでは、菊地さんのように循環型農業をしている農家に手厚い保障をしています。そして、それはスイス国民のためですよね。日本では一般の消費者が農業や生産の現場について知らないことも、こうした問題の背景にあるように感じます。
菊地 農民作家の山下惣一さんは、「農業問題は消費者にとっての問題です」とよく言っていました。海外から食料が入ってこなくなっても、農村に住んでいれば、隣近所と助け合いながら自分たちが食べていくだけの分はなんとかできるでしょう。一番困るのは都会にいる消費者です。そこに気づいてほしい。そして、「みんなの財産」である種子を、そして日本の農業と国民の命を、どう守っていくのか、自分ごととして真剣に考えてほしいと思います。

(聞き手:日本の種子(たね)を守る会 事務局 杉山敦子)

(プロフィール)
菊地富夫(きくち・とみお)
1956年生まれ。山形県西置賜郡白鷹町で種子農家を営む。水稲採種ほ場を約6ヘクタール所有。ほ場の肥料のために牛約40頭を飼育し、飼料米用の農地として約2ヘクタール所有。1976年頃に父親より受け継ぎ、現在は息子と3代にわたって種子農家を続けている。

脚注

※1 主要農作物種子法廃止の違憲確認と「食料への権利」の保障を求めて国に対して起こした裁判
※2 現実的かつ具体的な危険または不安の解決のために、裁判で原告・被告間の法律関係についての審議や判決を求めることが必要な地位にあるかどうか
※3 民間企業である三井化学クロップ&ライフソリューションは、2023年2月に契約農家に対して銘柄米「みつひかり」の供給中止を突如通知して、大きな混乱を与えた。その後、2016年から他品種の混入や発芽率を偽装して販売するなど不正があったことを公表した。2025年1月21日に種苗法違反で検察庁が同社を略式起訴​
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