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2025年10月3日更新

つくる人、食べる人の選ぶ権利を守れ
――米(あきたこまち)農家・田口則芳さんに聞く――
秋田県は今年から、県内米の7割以上を占める「あきたこまち」を「あきたこまちR(以下、こまちR)」(※1)に全量切り替えたうえ、「あきたこまち」表示での販売を決定。これまで県が提供してきた従来のあきたこまちの種子の生産・流通も終了しました。これに対して「つくる人の選択権は守られるべき」と訴える米農家の田口則芳さん。今年4月、「従来のあきたこまちをつくりたい、食べたい」という生産者や消費者により結成した「あきたこまちを守る会」の代表世話人も務めています。
※1:重イオンビームを使用した放射線育種技術により開発した「コシヒカリ環一号」と交配後に戻し交配した、カドミウム低吸収性という特性を有する新品種。2023年に秋田県の奨励品種として採用された。カドミウムとともにマンガンの吸収も少なく、「ごま葉枯病」が発生しやすいことがわかっている。自家採種はできない。
下線部分のあきたこまちR関連用語の詳細
(この記事は2025年7月24日に行われたインタビューをもとに編集したものです。一部を日本の種子(たね)を守る会会報「種子まき通信」9号で掲載しています)
種子(たね)をつなぐ ②
2025年10月1日 公開



「こまちRは買わない」と言われて
――田口さんがこまちRのことを知ったのは、いつ頃だったのでしょうか?
田口 去年1月くらいだったかな。いつも米を買ってくれるお客さんから「こまちRをつくるんだったらもう買わないよ」と言われたんです。そのときは私もよく知らなかったから、「え、こまちRって何ですか?」って。
そういうお客さんが増えてきたので、「『あきたこまちR』をみんなで考える会」を立ち上げて、仲間と情報交換したり、秋田県立大学名誉教授の谷口吉光先生に教えてもらったりして、いろいろ調べ始めました。
この、みんなで考える会では、従来のあきたこまちをつくり続けられるように「選択肢の自由を認めてほしい」という陳情を県内の市町村にも出し、7市町村で採択されています。でも、こうした活動の中で感じたのは、こまちRがどういうものかをちゃんと理解している人は県内でも少ないということでした。県からの説明は「従来のあきたこまちとほぼ変わらない」の一点張りです。
――田口さんは専業農家として、あきたこまちをずっと生産されてきたのですね。
田口 そうです。実は47歳までサラリーマンでしたが、思うところがあって農家になりました。米だけでやってきて27年目。あきたこまちをつくって農協を通さず自分で販売してきたので、飛び込み営業もしたし、軌道に乗るまでの最初の10年間は本当に大変でした。
その後は法人を立ち上げて、多いときで約24ヘクタールの田んぼを管理していました。ただ、今年は残念ながら、大型圃場整備事業の影響で今まで使っていた田んぼが借りられなくなって、自分の2.5ヘクタールの田んぼだけをやっています。

――こまちRは、重イオンビーム照射によって突然変異を誘導した親品種を交配して得られた、カドミウム低吸収性の水稲品種です。県は収量や品質などは「あきたこまち」と同等だとしていますが、安全性や環境への影響などを実証する研究がなく、不安視する声も多くあります。自家採種も認められていませんよね。
田口 秋田県は鉱山が多いため、土壌にカドミウムが蓄積していて対策が必要な地域が一部あるんです。それで、カドミウムをほとんど吸わないこまちRが出てきました。
こまちRは遺伝子を改変されているので不安だという声は、お客さんからも聞きます。でも、私は学者でもないし、本当に安全かどうかを調べる専門知識もありません。だから反対運動をしているわけではないんです。要望しているのは、従来のあきたこまちをつくり続けられる選択の自由です。
従来のあきたこまちを栽培する田んぼの前に立つ田口さん
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これまで大変な苦労をして売り先を開拓してきたのに、「こまちRだったら買わない」と言われている農家もいて非常に切実な問題です。こまちRに不安を感じている人の選択権を尊重するためにも、秋田県は従来のあきたこまちの種子の生産・供給を続ける責任と義務があるのではないでしょうか。
何をつくるか、食べるかを決める権利
――今年4月、生産者と消費者が集まって結成した「あきたこまちを守る会」(※2)では、6月に「あきたこまちを食べ続けたい、作り続けたい」県民集会(※3)も開催されました。県には、従来のあきたこまちの種子の提供や「こまちR」ときちんと表示して販売することなどを要望していますね。これからこまちRがスーパーなどの店頭にも出てきますが、表示では従来のあきたこまちと見分けがつきません。また、こまちRであっても有機栽培の 条件を満たせば有機JAS認証がとれるというのが農水省の見解ですが、そのことにも不安を感じます。
田口 何を食べるのか、何をつくるのかを決めることは、守られるべき私たちの権利、人権でしょう。表示がなければ買う人は区別できません。「行政がそんなに素晴らしい品種だと言うなら、堂々と『こまちR』と書けばいいのに」と言っている人もいます。
何より、私はいままで食べたことも、見たことも、つくったこともないものを、いきなり「従来品種と同じだから」という説明で全量切り替えられ、県が従来のあきたこまちの種子生産をやめてしまったことに非常に憤りを感じます。あきたこまちは私たちの税金を使って、県が開発した品種ですよ。こんな乱暴な行政はないんじゃないでしょうか。
――今年、稲の作付けはどうされたのですか?
田口 知り合いから富山県の種子屋さんを紹介してもらって、そこからあきたこまちの種子を購入しました。秋田県の気候風土のなかで育ったわけではない種子を使うのはどうなのかな、という気持ちもありましたが、仕方ありません。あきたこまちをつくること自体は禁止していないのだから自家採種すればいい、と簡単に言う人もいますが、それがどんなに大変なことか知らないのでしょう。
――こまちRへの全量切り替えについて、ほかの農家さんたちはどう考えているのでしょうか?
田口 農協からこまちRに切り替えますと言われたら、その種子を買うしかないわけですよね。県も、従来のあきたこまちを栽培したいなら原則自家採種してくださいという方針です。ただ、声には出さなくても心のなかでは、やっぱり多少の不安はあると思いますよ。新しいものをつくるわけですから。こまちRと同様のコシヒカリ環1号系品種を検討した宮城県では、収量が落ちたために広がらなかったという話も聞きました。
あきたこまちが1984年にできて奨励品種になったときも、最初は不安でした。だから農協に相談しながら3年ぐらい試しにつくってみて、様子を見てから全量を切り替えました。でも今回はそういう猶予が全然ないわけです。
※2「あきたこまちを守る会」Facebookはこちら
※3「あきたこまちを食べ続けたい、作り続けたい」人のための6・28県民集会報告(OKシードプロジェクトサイト)
「こまちR」は学校給食にも?
――県内の小中学校の給食にも、秋以降はこまちRが使われるようになるのでしょうか?
田口 そうなると思います。給食センターが大量に米を仕入れようと思ったら、こまちRを使うしかないでしょう。秋田県は「こまちR生産・販売推進本部」をつくっていますが、そこには県とJA、学校給食会なども参加しています。
私は「学校給食無償化と安全な食材をめざす秋田市民の会」の活動もしているのですが、給食の民間委託が進み、地場産物の使用率も低い。「できるだけ自然なものを子どもたちに食べさせたい」という私たちの思いとは逆方向に、社会が進んでいるのを感じます。
――今後、田口さんが目指すことは?
田口 安全な食材を未来の子どもたちに食べさせることが、私個人としては一番の大きな目標です。「あきたこまちを守る会」としては、すでに県の農林水産部にいくつかの要望を出していますが、ちゃんとした回答が得られていません。生産者と消費者の権利を守るためにあきらめないつもりです。知事も議員も行政職員も、私たちと同じ人間としての立場で、自分の子どもや孫たちが食べるもののことをもっと考えてほしいです。
――「未来の子どもたちのために」という思いが根底にあるのですね。
田口 いまの社会も政治も、そんな風に考えていないですよね。すべてが「お金儲け」になっている気がします。食べ物も、種子もです。私は顔がいつもニコニコしていると言われますが、かなり怒っているんです。
47歳で退職したと話しましたが、私は貸付事業を行う金融機関に勤めていたんです。会社の経営がうまくいかなくなった人が、借金返済に命までかけようとする姿も見ました。それで「自分は、何をやっているんだろう」と思って退職して、農家になりました。
そのときに気づいたのは、お金をたくさん稼いでも幸せにはなれないこと。お米だって支えてくれる太陽や水、土などの自然がなければ、人間だけではつくれません。お金を出せば何でも手に入るという意識を変えなくてはいけないと思います。
(聞き手:日本の種子(たね)を守る会 事務局 杉山敦子 //編集協力:中村未絵)

(プロフィール)
田口 則芳(たぐち・のりよし)
47歳のときにサラリーマンを辞めて専業の米農家になる。秋田市内であきたこまちを栽培し、病院、幼稚園、飲食店、個人などに直接販売する。「あきたこまちを守る会」代表世話人。「『あきたこまちR』をみんなで考える会」代表。「学校給食無償化と安全な食材をめざす秋田市民の会」代表。